夢の続き












「こんにちはー…あれ?」
シャッターが開いているにもかかわらず、浦原商店には人の気配がなかった。
いつも表で騒がしく掃除をしているジン太くんやウルルちゃんの姿も見えないし、声を大きく呼んでみたけどテッサイさんも出てこない。
もちろん、喜助さんも。
せっかく買い物に来たのに、これじゃどうしようもない。
「誰もいないんだ、困ったなあ…」
…なんて呟いてみるけど、本当は言うほど困ってはいなかったりする。
私の手の中のメモには、アルミホイルと洗剤、それから宇宙玉がふたつと、その隣に何となく「ハンサムエロ店主」の文字が。
矢印の先には似てない似顔絵が描いてある。
本当はどれもまだ家にあるのだ。
足りないのは一番最後、似顔絵の主だった。


喜助さんはいつも何かと忙しいみたいで、留守にしていることが多い。
今月に入ってからここへ来るのは三回目だけど、まだ喜助さんの顔を見ていなかった。
最近は仕事がとても忙しくて、私は毎日疲れていた。
だから、喜助さんに会いたいと思ったんだ。
ここに来るとほっとする。喜助さんの顔を見ると暖かくなる。
私はただの常連客の一人なのに、喜助さんも店の皆もとても優しい。
ジン太くんの手際がいいから買い物は二分で終わってしまうけど、その後は一緒にお茶を飲んだり、新商品を見せてくれたり、夕方だったら送ってくれたり一緒にご飯を食べたり。
いつからだったかはよく覚えていないけど、気がついたらそんな空気が心地良くなっていた。
本当はアルミホイルも洗剤も三キロ先のスーパーの方が安いのに、私はここに来てしまう。
こんなに小さな商店で四人も暮らしていけるのも、きっと私みたいな客がいっぱいいるからなのかもしれない。
「ちょっとヤキモチやいちゃうな」
小上がりに座って、喜助さんがいつも見ている景色を眺めた。
ここだけ時間の流れから切り離されたような空気が流れている。
引き戸の向こう、遠くには高層ビルが霞んで見えた。
ここだけは、今だけはとても静かだ。
だけど目を閉じるとすぐにでも賑やかな声が聞こえて来るような気がする。
ジン太くんの元気な声と、ウルルちゃんの困ったような声と、テッサイさんがちゃんと掃除しなさいって叱る声と、のんびりとした喜助さんの声と。
私もそこに混ざりたい。
できればいつか、常連客の一人じゃなくて…。
(あー…やば、寝ちゃいそう…)
最近こんなにのんびりする時間なんかなかったから、この空気の心地よさにすぐに眠りに引き込まれていきそうだった。
帰らなきゃいけないのに、それより先に身体がゆっくり倒れていく。
ゴン、と鈍い音がしたけど、痛みを感じなかった。
私、寝ちゃったんだ。


身体が動かないのに、周りの気配ははっきり感じる。
これはきっと夢の中だ。
私は夢の中でも浦原商店の中にいた。
喜助さん、帰ってきたかな。
「あー!誰か寝てんぞ!」
ジン太くんの声はいつも大きいな。
「大きい声出したら、起きちゃうよ…」
ウルルちゃんの声はもう少し大きくても大丈夫だよ。
「おや、 殿ではないですか」
テッサイさんの声は、ずいぶん高い所から落ちてくる。
「……」
…あれ?
喜助さんの声が、聞こえない。
一番聞きたい声だけは、夢の中にも出てこなかった。
せっかくのお休みだったのに、ついてない。
顔を見ることができないのなら、せめて夢の中で声だけでも聞きたかったのにな。
(…あれ?)
夢の中で私の身体は優しく抱き上げられて、大事な宝物みたいにどこかへ運ばれていく。
喜助さんはいないみたいだから、これはきっとテッサイさんの腕だ。
さすが、大きな身体は伊達じゃないなあ。
でも、せっかくこんな風に抱かれるんなら、好きな人が良かったな。
「…喜助、さぁん…」
どうせ自分の夢なんだから甘えた声で呼んだっていいよね。
このまま静かに目が覚めて、起きたらそこに喜助さんがいたらいいのに。


…と思ったところで意識が一気に戻ってきた。
夢と現実の境をちょっと行き来して、それから瞼を開く。
「やだ、寝ちゃってた!」
目の前に、見知らぬ天井がある。
勢い良く飛び起きたら自分の身体は布団の中にあって、喜助さんが私に背を向けて胡坐をかいていた。
私の声にゆっくりと振り向くと、喜助さんは広げていた扇子をパチンと閉じて帽子を目深に被リ直した。
「おや、お早いお目覚めで」
「…喜助さん?あ、あれ?何で?」
「おはようございます、 サン」
語尾にハートマークをつけて、喜助さんがにっこり笑う。
私は逆に今の状況がよくわからなくて、何の言葉も出てこない。
見ていた夢と現実があまりに似ていたから、混乱してしまう。
実際は私は浦原商店の店先で多分眠ってしまって、それでテッサイさんに運ばれてっていうのは確か夢で、あれ?どこに行ったっけ?
何度かご飯をごちそうになった茶の間じゃない。
この部屋には散らかった机と本棚と床にも本がたくさん積み上げられてて、あと何かの装置?
ダンボール箱がいくつかと、よくわからない丸いもの。
「ここはアタシの部屋ですよ」
「喜助さんの部屋?テッサイさんがここまで?」
じゃああれは夢じゃなかったんだ。
喜助さんはいつここに来たんだろう、そのへんは覚えていないけど。
「やだなあ、 サン。ちゃんと呼んでたじゃないですか」
「え?誰を?」
「喜助さぁん」
喜助さんが真似たその口調には覚えがある。さっき夢の中で私がそう呼んだ。
という事は、あの腕は喜助さんのもの?
夢じゃなくて現実?
「いっ…やだ、ちょっと!テッサイさんだと思っ…じゃなくて、お、重かったですよね、昨日ちょっと食べ過ぎて、っていうか最近ちょっと、その、いつもは三百グラムくらい軽いんです!」
もう何ていうか恥ずかしくて顔は多分真っ赤なんだろうけど頭は真っ白になって、自分でも何を言っているのかわからない。
喜助さんは私の様子を見て楽しそうに肩を揺らした。
騒がしい人ですねえ、なんて言いながら。
「だーいじょーぶですって。アタシ、そんなにヤワな男じゃありませんよ?」
そう言って袖をまくって見せてくれた腕は筋張ってて身長のわりに細い印象を受けた。
こんな事なら一昨日のケーキをやめとけば良かったとかもう少し薄着で来れば良かったとか、頭の中にはさらにどうでもいい事が回りだす。
「それよりも サン。あんな風に店先で眠られちゃ…悪いオトコにさらわれて襲われちゃいますよン」
「す、すみません」
「…ま、襲って欲しくてああしてたんなら話は別、ですが」
ずい、と喜助さんの顔が近づいてくる。
意味ありげな微笑みに、布団を飛び出して力いっぱい首を振った。
そんな風に思われたら困る。何がって言われても困るけど、とにかく困ってしまう。
「違います!そんなつもりは全然、これっぽっちもなかったんです!」
「じょ、冗談のつもりだったんですが…そう全力で否定しなくても…」
「…そういう冗談、通じないんです」
「おや、それは失礼」
通じなくて当然だ。
一言一言にいちいち反応して、嬉しくなったり落ち込んだり、変な期待をしてしまったり。
その場所にいるのかいないのかを考えるだけで苦しくなって胸を鳴らして、それは全部、喜助さんが好きだからだ。
好きな人の言葉なら全部本気で受け止めたい。
そんな冗談、笑顔でかわせる余裕なんか持ってない。
「…でも、すみません。お店で居眠りしちゃって」
「いいんですよン、戸締りもせずに留守にしたアタシたちがいけないんですから」
窓の外はまだ明るい。
時計を見ると、眠ってしまった時間はせいぜい三十分くらいだった。
そう言えば、店を開けたまま全員で留守にするなんて何の用事だったんだろう。
少し気にはなったけど、喜助さんが口元で扇子を広げたからそれ以上何も言わないでおいた。
部屋の空気が変わりかけた事に気づいたのか、沈黙になる直前のタイミングで喜助さんは口を開く。
「ちょっと疲れてるみたいッスね、 サン」
「あはは、ちょっと最近忙しかったんです」
「最近、ねえ…ああ、これ サンのおつかいの品ッスよ」
手渡された紙袋にはアルミホイルと洗剤と宇宙玉が二つ。
あのメモを見て揃えてくれたんだ。
…ってことは、アレも見られたって事になる。
『ハンサムエロ店主』
名前を書いていなくても、誰の事かは一目瞭然だ。
「あ、あの…」
「今日はトクベツに御代は頂戴しませんよ、お待たせしたお詫びにね。ただ…」
「ただ?」
「…『コレ』はどうやって持ち帰りましょ?」
ちょい、と自分の鼻先を指差して喜助さんが口の端を上げた。
やっぱり見られてた。
この表情、喜助さんは気付いてる。
私が喜助さんに会いたくてここに来た事、喜助さんへの想いもきっと、気付いてる。
『襲って欲しくてああしてたんなら…』
知っててあんな事言うなんて、ずるい。
あんな冗談で私を試すなんて、ずるい。
「…あら?どうしたんスか、 サン?そんな顔して」
「私、喜助さんの名前なんか書いてません」
「おや、ハンサムエロ店主ってアタシの事じゃないんですか?」
「…喜助さん、ハンサムでエロなんですか?」
サンが望むなら、そうしましょ」
何それ、ずるい。
そうやって期待させるなんて、ずるい。
そんな駆け引きなんかしなくていいから、喜助さんの言葉が欲しいよ。
「…そんなの、貰えません」
「ん?何故?数量限定、特別仕様。疲れもバッチリ取れますよ?」
いつもと同じ笑みを浮かべた口元で、喜助さんは甘い罠を仕掛ける。
この人、本当はどこかの闇商人なんじゃないの?
そう思えるくらい、喜助さんには隙がない。
「だって、お詫びで貰うようなものでもないし、第一商品じゃないんでしょ?」
「まあ、そうですねえ。確かにタダで差し上げる訳にはいきません」
「じゃあ」
「そうッスね…御代はカラダで払ってもらうってのはどーです?」
喜助さんはまた冗談だとでも言いたげに、畳んだ扇子の先で頬をぺしぺし叩いている。
その余裕、崩してやりたい。
それで、本気で私の事、見てよ。
ずい、と布団の上に乗っかって、膝立ちで身体を思い切り伸ばして、肩に触れた。
ふわりと小さく空気が動いて、唇にちくりと無精ヒゲが当たった。
締まった頬に一秒だけ押し当てた、私の精一杯。
すぐに身体を離すと、喜助さんの呆けた顔が。
サン…」
「…い、言ったでしょ?冗談は通じないんです」
扇子を落とした左手が頬に触れると、喜助さんの顔色が変わる。
人を驚かせるのが好きだって言ってたくせに、自分が驚くのには弱いんだ。
「…足りませんでした、か…?」
「いえ、その…参りました…」
帽子で顔を鼻まで隠しながら、喜助さんは頭を下げた。


「私、もっと知りたいです。喜助さんの事」
ほんの少し陽が傾きかけた空、静かな住宅街に下駄の音が響く。
喜助さんは迷う事なく、私の家へ続く道を歩いている。
前にもこうして何回か送ってもらった事がある。
あの時と違うのは、下駄の音がゆっくりだっていう事。
「大した秘密も持ってないッスよ、アタシ。しがない駄菓子屋の店主です」
のんびりと笑いながら喜助さんははぐらかすように答える。
結局私はまだ肝心な事を言っていないし、聞いてない。
「大した事じゃなくても、喜助さんの事なら何でも知りたいんです」
「…後悔しますよ?」
「後悔なんて、終わってからじゃなきゃできません」
「それもそうだ」
好きだから知りたい。
喜助さんはそういうものに縛られるのが嫌いなのかもしれないけど、だからといって私ももう戻れない。
予感がする、それだけじゃ足りない。
「言葉が欲しいのは、お互い様」
口にしたのは、喜助さんの方だった。
「心は目に見えませんが、耳で聞いたら少しは安心するモンです。だから言葉が欲しい、でしょ?」
「…わかってるんだ」
「欲しいなら、いつでもあげますよ。言ったでしょ? サンが望むならそうする、って」
「冗談でごまかすくせに」
「照れ屋サンと言って欲しいものッスね。冗談かホントか、判断するのは自分自身だ」
どんなにゆっくり歩いても、前に進めば着いてしまう。
アパートの玄関先で下駄の音は止まった。
今日はきっと、これでおしまい。
まだ早い時間だけど、喜助さんには仕事があるから仕方ない。
店を抜け出して送ってくれただけでも喜ばなくちゃ。
「さて…どっちが先に言いましょ?」
「え?」
「言ったじゃないスか、言葉が欲しいのはお互い様です」
帽子をずい、と前にずらした喜助さんの視線は見つからない。
今日、何となく気がついた。
喜助さんがこうして帽子を深く被る時は、照れてるんだ。
「…何がおかしいんスか、 サン」
「好きですよ、喜助さん」
「……!」
…今もうひとつ、知った。
不意打ちを仕掛けると、ちゃんと目が合う。
ほら、今みたいに。
今度の買い物メモには「照れ屋で意外と力持ち、驚かせるのは好きだけどその逆はちょっと弱いハンサムエロ店主」と書く事にしよう。
「それはちょっと長いなあ」
「何が?」
「いえ、こっちの話です」


喜助さんは不思議そうな顔で私を見ている。
私も早く言葉が欲しい。
でも、喜助さんがこうしてじっと見てくれるなら、もう少しだけ待ってあげよう。
準備ができたら、ちゃんと言ってね。
喜助さんが、すっと帽子に手をかけた








 



「Sure Promise」のナオ様より頂きましたvvv
最初はジャンル違い(渦巻忍者)で、私がナオさんのサイトへしょっちゅうお邪魔していた…
だけなのに、こんな素敵な話を頂戴してしまいました!!!(!o!)オオ!(!o!)オオ!

飄々+イジワルな喜助も自分がされるのはもの凄く弱い…
よおぉぉぉぉく分かりますよ!!(・・)(。。)(・・)(。。)ウンウン
そこがまた良いんですけどねvvv
でもって凄い照れ屋!!(ナオさん、グッジョブッ!!)
照れ喜助バンザイ!!\(^-^)/バンザーイ、/( )\モヒトツ、\(^o^)/バンザーイ

素敵な話を頂いた上に、ウチのヘンテコアイコンまで使っていただき、
もう「感謝」の言葉しかありませぬ…

本当にありがとうございました!!
こちらこそこれからも宜しくお願い申し上げます!!